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my little underground

世を儚む地下生活者が珍文・奇文の類いを日々量産しています

森山開次「KATANA」@世田谷パブリックシアターを観る

ダンス

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何のお芝居を観に行った時だったか(イキウメの「太陽」だったかなあ?)貰ったチラシの中にこの公演のチラシが入ってて、思わず興味をそそられてチケットを取ったのが結構前の話。言って参りましたよ世田谷パブリックシアター。ココもシアタートラムもイイ劇場ですよねえ。くそ~世田谷区お金ありやがんなあ(嫉妬)

 

劇場に入って席の位置を確認したらビックリ。スゲー前の方でしかもほぼセンターの位置。コンテンポラリーダンス(でいいんだよね?今日のコレは)の文脈なぞ1mmも理解していないダンス弱者のド素人が、流石にこの位置で見ちゃって本当にいいのだろうか?なんてちょっと周りの方々にたいして申し訳なく思ってみたりするレベル。まあせっかくなので体験させて頂きましたけども。

 

席の周囲を見回してみるとやはり女性の姿が多い。森山開次カッコいいもんなあ。あとちょいちょい見掛ける子供たち。これはEテレの効果なんでしょうか。でも子供がEテレ観て森山開次に興味を持って「生で観てみたい」って言ったら公演に連れてきてくれるご家庭って中々スゴいと思う。あんまり好きな言葉ではないけど、きっと意識高いんだろう。それに合わせて経済レベルも高いんだろうなあ。(チケット¥5500だしねえ)

 

んで本篇。ダンスは元々貧困なるボキャブラリーしか持ち合わせていないので「スゴいもん観ちまった」という言葉しか出てこない。一瞬で生まれて、そして一瞬で消えていく大理石の彫刻を観ているような気分。片足で立ったままゆっくりと姿勢を変えていく様(ああいう動きって何か専門用語があるんですかね?)を観ただけで素人目にも鍛え上げられた肉体のスキルを感じるし、そもそもの肉体が持つ圧倒的雄弁性みたいなものをビンビンに感じてしまう。照明の加減のせいなのか、素早い手足の動きにモーションブラーが掛かって見える(ような気がする)のは、アタクシの見たマボロシなんだろうか。

 

明と暗。静と動。こんな使い古された言葉で表すのは少々憚られるけども、二つの背反する要素をこんなにも目の前でパキッとした形で見せられると、なんだか現実ではなくCGか何かの加工された映像でも見せられているのではないか、なんて気さえしてくる。でも最前近くで観ていることもあって、フロアと足裏が擦れることで生じるノイズや激しい動きの後の荒い息遣い、飛び散る汗からギリギリと引き絞られる筋肉の動きまでがハッキリ見えてかつ聞こえるので、「イヤイヤ、これ現実だったわ」と幽体離脱からの帰還に成功する。おかげでなんか知らんがワキ汗びっしょりに。

 

時間が進むに連れて肉体が汗をまとい、おかげで光沢を帯びていく様はなんかイヤらしいなあとか思ってしまったが、まあそれはさておき、動きや表情は運慶や快慶作の仏像のようにも感じられて、まるでグリグリと動く「東大寺南大門 金剛力士立像」を観ているような錯覚に陥るのも無理からぬところであります。成る程あの像はデフォルメの果てではなく写実の結果だったのか!などという妄想が目の前のダンスを観ていると浮かんでは消えていく…のはアタクシの集中力の無さが成せるワザだったのでしょうか。

 

とにかくこのダンス、彫刻やってる人や絵を描く人、写真を撮ったりする人なんかが観ると己のクリエイティビティのメーターの針が振り切れちゃうんじゃなかろうか。それくらい伝播性の高い本当に面白い公演でございました。

 

実は公演時間が60分と知って「意外と短いんだなあ」なんて不遜にも思ってしまったんだけど、実際観てみたら演者の消耗度や観客の集中力の持続度を考えたら60分が限界なんすねえ。正直観てる間は肩に力入りっぱなしで、終わったらなんか知らんが変に疲れてたくらいですから。とにかくアタクシにとっては大満足。至福の60分間を過ごしてしまいましたわい。

 


森山開次『KATANA』


森山開次ドキュメンタリー『KATANA 10years』