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my little underground

世を儚む地下生活者が珍文・奇文の類いを日々量産しています

月刊「根本宗子」第13号『夢と希望の先』@本多劇場を観る

演劇

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TVブロスの劇評で気になって観に行ってみたらドハマリした前回の本公演「忍者、女子高生(仮)」も「演劇ってこういうのもあるのか!」と演劇ド素人のアタクシの眼を啓かせてくれた別冊公演「バー公演じゃないです」もどっちもスゲー面白くて、今後の根本宗子は要チェックや!なんて思ってたら、新作は橋本愛プー・ルイという遠心力を持つ客演を迎え、しかもハコは本多劇場という、とある業界的に言えばドーム興行じゃないですか。そりゃあもう壮絶なチケット争奪戦を潜り抜けてなんとか行ってきた。

 

10年前と10年後のアパートの一室のセットが左右に並び、上段には過去の実家の縁側があるという豪華な舞台。時間軸が3つ存在して、並行したそれぞれを観客たる我々が神の視点でハラハラ見守るという趣向。

 

若く希望に満ち溢れたカップル、すべてを諦めて時の流れの前に立ち尽くすカップル、才能と嫉妬、一つづつボタンを掛け違えたような人間関係、いつだって思いは自分勝手で一方通行。登場人物たちより多少は歳上な自分から見れば「若いってこういう感じだったけか?」とか俯瞰しつつも、キャラクターの視野の狭さと自意識の有り様に身悶える感覚を覚えてみたり。しかも、おそらくはこの地の半径約5kmで類似した事例が多数観測されたであろう、ここ下北沢でこの物語が上演されてることが持つ意味ってのもなかなかの味わい深さを感じる次第。とはいえお互いにお互いを思った結果、すべてを手に入れ損なったさっちゃんと優一に対し、人間関係的に宙ぶらりんに感じられるように描かれていた小倉だけが成功を手に入れていたという構造は色々と示唆的でもある…ような気がするのは多分アタクシだけでしょう。ラスト、自らの選択で全てを失くしたさっちゃんが幻視する希望に満ち溢れ未来に力強く宣言を行う若き日のさっちゃんの姿と結局歌うのを辞めて田舎のそこそこの美人というポジションに落ち着いているヌメヌメしたえっちゃんの姿は「人間大体こんな感じだし、それでもなんとか行きて行けちゃいます」というねもしゅー流の「業の肯定」なのかもしれない…などと考えてしまうのはアタクシの発酵したニワカ落語脳のなせるワザであり、皆様に於かれましては軽やかに無視して頂きたい。

 

並行した時間軸が混濁し、登場人物が時を越えて舞台を交錯し始めた時に発される「終わらないから!このままじゃ終わらないから!」というセリフが作劇上の要請だけではなく、何かの決意表明のようにも聞こえる…というのはアタクシの妄想であり、それはそのままラストのさっちゃんのセリフにも通じているのであります。

「今こそ、今を生き抜く頭のおかしい妄想をするのだ!トゥ~モロ~トゥモロ~♪」

 

 本篇とはあまり関係ないけど、橋本愛つながりでさっちゃんを「上手い具合に上京に成功した足立ユイ」と見立てると「アナザーサイドオブあまちゃん」的に楽しむことも可能かと。ユイちゃん、悪い男に引っかかりそうだもんなあ(笑)